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makistove315

まきすとーぶさいこー

やりたい事をやる。それが出来たら苦労しない。

成功者の思考回路

成功者は必ず「やりたい事をやりなさい。」と言う。

 

やりたくない事を我慢し続けて一流になった人はあまりいない。成功者はだいたい「どうしてもこれがやりたい。誰に何と言われようとやる。」という感覚で自分の思うままに階段を一段ずつ登り、気がついた時にはとてつもなく高い位置に到達しているのだ。

 

彼等は「あなたのように成功者になるにはどうすればよいですか?」という質問を受けてから初めて、「あぁ。自分は成功者なんだ。いつの間にか成功していたんだ。そう言われてみると随分と高い所まで登ってきたなぁ。夢中になりすぎて後ろなんか振り向いた事なかったなぁ。」と、自分が成功した事に気がつくのだ。

 

そして、彼等は「いったい何故自分は成功できたのだろうか。」と考えてみるが、これと言って理由が思い付かない。何かご立派なかっこいい事を言ってあげたいけど、何も思い付かない。只々がむしゃらに、自分の思った道を突き進んだだけなのだ。

 

そして、敢えて他人との違いは何かと考えてみると、「やりたい事をやってきた。」という点に辿り着く。

 

自分は成功していない。幸せではないと感じている非成功者の思考回路は、「やりたい事は我慢してやらずに、やりたくない事を我慢しながらやる。」といった感じだ。

 

一方成功者は、その真逆で「やりたい事を我慢せずにやって、やりたくない事は徹底してやらない。」のだ。

 

成功者は日頃から、やりたくない事を耐え忍びながらやり続ける非成功者の姿を見て、「やりたい事をやればいいのに。」と疑問を持っている。そして、上記のような質問を受けた際に、この「やりたい事をやりなさい。」というセリフを言うのだ。

 

 

・・・

 

 

永遠に出逢えない「やりたい事」

我々凡人は悲しい事にその「やりたい事」というのが無いのだ。

自分のやりたい事とは何だろう、と考えても何も思い付かない。心のそこから熱い気持ちが湧き出てくるような、全身が震えるようなやりたい事など、探せど探せど見つからない。

 

理想形としては、ふとした瞬間に「これだ!!」というやりたい事に出会って、そのまま無我夢中に突き進む。成功した自分の姿を想像すると、嬉しくて全身が震える。そんな素敵な目標に出会いたい。

 

劇的な出会い。劇的な再会。

恋愛においても劇的なシチュエーションというのは特別だ。

「冷静と情熱の間」で竹野内豊が、10年ぶりにフィレンツェのドォーモでどーもーと再会したあの感動は忘れられない。忘れようとしても忘れられない。何の連絡もしてないのに10年後に約束の場所で再会出来るなんて。

この文章のBGMは、やはりこの再会のシーンで流れていたチェロが良い。

冷静と情熱のあいだ

冷静と情熱のあいだ

  • 柏木広樹 feat. 吉俣良
  • ポップ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 チェロの音色は男性の肉声に最も近いと言われている。穏やかな旋律を、優しく包み込むような柔らかいビブラートで語りかける。

ちょい脱線し過ぎたか。1日のファッキンワーキン&ファッキンツーキンで脳内が疲労物質で浸されているせいか。纏まりが無くなってしまった。兎に角、「やりたい事」って奴とこの映画のように劇的な出会いをしたい。

 

しかしながら現実は・・・いつもと変わらない。やりたい事など見つからない。いつの間にこんな情け無いフニャチン・インポテンツァーに成り下がったのだろうか・・・

 

長時間労働休日出勤家庭不見。自分で設定した事になっている努力目標という名の達成必須絶対不可能数値目標「ザ・ノルマ」。更には慢性的睡眠不足が正常な判断力を奪い、次第に組織の色に染まっていく。気がついた時には染まりきっている。

 

結婚式や同窓会等で久し振りに学生時代の友人と再会した時に初めて、自分の「異常さ」に気がつく。まるで、成功者が非成功者から「成功の秘訣は?」と質問を受けて初めて自分が成功した事に気がつくように・・・

「あれ?自分はいつの間にこんなに堕ちていたのだろうか。まるでペンローズの階段のようだな。上がっていたと思ったら、錯覚で降っていたとは。歪みのパラドックスに堕ちたまま永久に抜け出せないのか・・・

 

 

地獄の言葉「ノルマ」

ところで、「ノルマ」という言葉はロシア語らしい。

第二次大戦後にシベリアで強制労働をさせられていた日本兵が、監視のソ連兵から与えられたのが強制労働達成目標であった。それは「ノルマ」とよばれ、達成必須であった。達成できなければ死あるのみ。たとえ達成したとしてもマイナス三十度の極寒と栄養失調も合わさって、多数の死者が出たが・・・

何人の死者が出たのかは正確な記録がない。

帰国した人数は47万人。これは日本でカウントしているため間違いない。

一方抑留者は57万人とも70万人とも言われている。

差し引いた人数が死者数という事になる。

このシベリアから帰国した人々が「ノルマ」という言葉を持ち込んで、高度経済成長に乗っかって、そのまま我が国に定着した。

 

・・・

 

閑話休題。

シベリアの過酷なノルマと現代の生ぬるいノルマを比較するなんて、恐れ多い。しかし、抑留期間は長くて10年。

現代ではここ最近10年で30万人の自殺者が出ている。肉体的過酷さは比較にならないとは思うが、現代の精神を破壊される過酷な労働環境(過酷な人間関係)もばかにはできない。というか、数字上はシベリアの数倍である。

この数字を見て、現代の精神衛生環境がどれだけ異常な状態かをお分かり頂けるだろう。

 

 

 ・・・

 

 

 

「やりたい事をやる」

「やりたくない事はやらない」

 

 

こんな単純なことが、何故こんなにも難しいのだ。

 凡人は、今日も明日も明後日も・・・

「やりたい事とやりたくない事の間」でもがき苦しむのだ。